さらんご〜らのフィリピンで隠居暮らし
どっぷり16年目!
“さらんご〜ら(saranggola)”とは、タガログ語で「凧」の意味です。
隠居暮らし事典
はひふへほ(ばびぶべぼ・ぱぴぷぺほ)
バイ・ワン・テイク・ワン
(Buy One Take One)

ひとつのものを買うと、同じものがもう
ひとつついてくる

 
 バイ・ワン・テイク・ワンとは、“ひとつ買えば、もうひとつ貰える”...という、あれです。
某パン屋さんです。
 我が家では、10年以上のお付き合いのあるパン屋です。
ここの“食パン”は美味しい!

 10年以上前、このパンに出会った時は63ペソでした。
今は...135ペソです、高っ!
 このパン屋さん、毎日午後7時になりますと“バイ・ワン・テイク・ワン”になります。
しかし、金曜、土曜、日曜日は、終日...“バイ・ワン・テイク・ワン”です。
半値で売って利益が出ないのなら、“バイ・ワン・テイク・ワン”をやる訳がありません。
原価は...幾らなのでしょう。

 アラバンにあるモールの中のお店です。
チャンゲチャンゲのような腕時計屋さんに“バイ・ワン・テイク・ワン”の看板が出ていました。
でも、よくよく見ると...“バイ・ワン・テイク・ワン=398ペソ、1個=198ペソ”と書いてありました。
全然、“バイ・ワン・テイク・ワン”じゃないし...、“バイ・ワン・テイク・ワン”の方が高いし...。

 SMで行われる“3デイ・セール”でのことです。
マウンテン・バイクが欲しかったので、自転車屋さんに寄りました。
しかし、3日後が“3デイ・セール”です。
そこで、3日後に出直してみました。
すると、先日見たマウンテンバイク、倍値の正札がついて...“バイ・ワン・テイク・ワン”になっていました。

遺体や遺骨を葬ったもの。
そこに置かれた石を墓石、或いは、墓と呼ぶ場合もある。
墓が多く集まった場所を墓所、霊園、或いは墓と呼ぶ場合もある。
 ことし(2014年10月)近所の頑固爺さんが70歳で亡くなりました。
脳出血で倒れて30分ぐらい後から6日後に亡くなるまで、更には、お葬式、大使館への死亡届けのお手伝いを経験し
ました。病気で倒れて、たった6日後に亡くなられてしまいましたので、様々、準備をする時間がありませんでした。
気もちも...、お墓も...。

 この歳になりますと“あすはわが身!?”...ですので、お墓を買うことにしました。
先ず、大きく分けると...プライベート(私営霊園)とパブリック(公共墓地)になります。
また、墓の形態で分けると...、
芝生の上に墓石を置き、その下に遺体(遺骨)を埋葬するガーデン・タイプと
建物の中にコインローッカーを置いたようなアパート・タイプ、或いはコンド・タイプになります。
この手の墓は、プライベートに限られます...(全部を見た訳ではないので)多分。

 通常の埋葬の場合、セメントで棺を納める箱を作り、その中に棺を納めます。
しかし、パブリックの場合はバランガイの外れなどにあり、場所が限られています。従って、次第に埋葬する場所が無くなり、古いセメントの箱の上に2段重ね、3段重ねになっていきます。更に、場所が無くなると、古い墓...セメントの箱の中を整理するそうです...想像したくない!!
 これが、プライベートの場合、芝生の墓所を買いますので、2段重ねは免れそうです。
大体が2人分が1セットになって分譲されています。
今回見に行った霊園ですと、2人分で20万ペソが一番安いものでした。
同じ霊園に建築中のアパートタイプは、7段重ねで一番下が一番安く5万ペソ、次が7万、8万、9万、10万ペソ台でした。これは現金で購入する額です。分割支払いもありました。。
ガーデンタイプの方は分かりませんが、アパートの方は管理費などはないそうです。

 実際に遺体をガーデン・タイプで埋葬する場合、1体につき3万ペソほどかかるそうです。
ひと口で埋葬と言っても、実際には...芝を剥がし、穴を掘り、セメントで枠と底、蓋を作り棺を納め、また土で埋め、芝を張り直すのですから手間がかかります。
 アパートの場合にも“納骨費用”がかかるそうです。しかし、今回の霊園では、まだその額を確認できませんでした。
ただ、鍵を借りる時に500ペソかかるそうです。

 さて、ガーデン・タイプとアパートと、どちらにするかで考えました。
先ず、遺体が虫喰われて朽ちていくのを想像したくないので...火葬です。
火葬の実際も見ましたので、まあまあ...納得しています。
火葬して灰になってしまえば、壺ひとつですから、ガーデンでもアパートでもOKです。
ガーデンでしたら...、暇な時に自分の墓の芝刈りができて、暇つぶしができそうです(笑)。
でも、他所の奴が寝ている上を歩いていったら...嫌です。
いろいろ考えた末、アパート・タイプにしました。

 2015年4月、契約した墓地を見てきました。

外観:ピラミッドの下は教会で葬儀ができるそうです(未完成)

コンド式の墓:ピラミッドの足元を囲むように配置されます。材質は、グラスファイバーとのことです。
88ペソ・ショップ
雑貨、日用品、食品など、単価が88ペソの商品を販売する店。
 “DAISO”、“日本城”などの店舗がある。
左記は日本のケースです。
日本(?)、或いは香港資本の企業がフィリピンで“100円ショップ”形態の店舗展開をしています。
上で日本に(?)を付しました。かつて日本のDAISOがフィリピンで法人登記をしようとした際、既に“DAISO”なる企業があり、登記できなかった...という話を聞いたことがありました。現在“DAISO”の看板を掲げる企業が、日本の資本家、或いは別の企業名で進出しているのか不明のために(?)を付しました。

 前置きが長くなりましたが...、
日本では“100円ショップ(100均)”ですが、こちらでは“88ペソ(一部66ペソ)均一ショップ”...“88均です。
 “100均”では、ついつい商品をバスケットに入れてしまい、買い過ぎてしまう...という話を聞きます。それは、こちらでも同様で、あれこれついつい買い過ぎてしまいます。しかし、現在の円安ですと、100円がおよそ36ペソですから、88ペソとなりますと270円になってしまいます。円換算してしまうと、日本での割り安感は...無くなってしまいます。
買い過ぎには...気をつけよう!!
ビザ(フィリピン)
国が自国民以外に対して、その人物の所持する 旅券が有効であり、かつその人物が入国しても差し支えないと示す証書である。
多くの国 では入国を保証するものではなく、入国許可(上陸許可)申請に必要な書類のひとつ
 ビザと在留資格が混同されています。
ビザとは、第三国に入国許可を申請する際の必要書類のひとつです。
従って、ビザがあるとはいえ、入国を保証されたものではありません。
 日本人がフィリピン国に入国する際、事前にビザを取得する必要はありません。
帰国用、或いは、第三国に出国するための30日以内の有効な航空券を所持していれば、30日間の在留が許可されます。入国時に得られた許可が、在留許可になります。資格は、短期滞在です。詰まり、ビザは第三国に入国する際の必要書類のひとつで、第三国に在留できるのは在留資格を有していることになります。

 日本人がフィリピンに入国する際にビザは必要ありませんので、逆の場合で説明します。
フィリピン人(フィリピン共和国が発行したパスポートを有している人)が日本国へ入国する場合、ビザが必要になり、在外公館で手続きを行います。ビザを取得できた場合、ビザの有効期間は一次で3か月、、数次の観光ビザで最大5年になります。一次の場合は、その期間に日本国へ入国します。もし、入国しないとビザは失効してしまいます。
 しかし、ビザがあるとはいえ、入国を100%約束されたものではありません。空港の入国審査で入国を拒否される場合があります。ビザは第三国に入国するための必要書類のひとつ、通行手形、...と言われる所以です。
 入国が許可されますと、その時点でビザは無くなり、在留許可を得ます。90日以内の親族訪問や観光は、全て“短期滞在”という在留資格になります。つまり、在外公館(領事館)で得たビザが、それに相当する在留資格になって滞在することができる訳です。ビザは、港で入国申請するまでの通行手形、在留許可は第三国に滞在できる許可...となります。
 観光ビザ
  観光を目的としたビザ。
 賃金を得る就労、学位を必要とする就学は 不可
 本来は、上記のようにビザと在留資格はことなりますが、ここでは混同したまま続けます。
つまり、ビザ=在留資格...で話を進めます。

 日本人は、事前のビザ申請無しでフィリピン共和国に入国でき、30日間滞在することができます。
これが、所謂...観光ビザです。
 30日を越えて滞在するには、満了日以前に在留期間の延長申請を行います。
許可されると、29日間延長され、都合、在留可能な期間は59日間となります。
更に延長する場合は、30日、或いは60日単位で延長申請を行い、最長で通算、1年4か月まで滞在することができます。ただし、それ以前にビザの延長申請が拒否された場合には、一旦、フィリピン国外に出る必要があります。
滞在期間が60日を越える場合は、事前に日本国内のフィリピン在外公館でビザの申請をします。

 ビザの延長で6か月以上滞在した場合、
2014年2月にスタートしたECC、2014年10月にスタートしたARPの対象になります。
これを怠ると、国外に出られません。
 配偶者ビザ
 フィリピン人配偶者と婚姻関係にある外国人が申請できるビザ。
特別な資格を有する業務以外は就労可
 申請はフィリピンのイミグレーションで行います。
1回目の申請が受理されると1年間有効の仮のビザを取得することができます。
ACR-Icardは1年間有効です。

 更に1年後(仮のビザの満了期間前、通常ですと10か月程度)に2回目の申請を行います。
これが受理されますと正式な永住ビザとなり、カードの有効期間が5年になります。
このビザを有している人が、国外に出る時は再入国許可の申請、年次報告(毎年)が必要です。
2014年2月と10月にスタートしたECCとARPの対象外になります。

 一部のサイトで、1年目の仮ビザを“13A”、正式のビザを”13E”と書かれている場合があります。
これは間違いで、正式のビザも“13A”です。

 “13A”の場合、申請時にはフィリピン人配偶者の居ることが条件とされています。正式のビザを取得しますとパスポートに押されるスタンプには、“PERMANENT”と書かれます。従いまして、フィリピン人配偶者が死亡したり、離婚した場合でも、基本的にはビザは有効です。

詳しくは → こちら(一時的にリンクを外しています)
 退職者ビザ
 SRRV、通称PRAビザ。
就労は不可。
フィリピン退職庁(PRA)が行うプロジェクトのビザ。
35歳以上の外国人が一定の預金をした上で申請するビザ。
一生涯フィリピンに滞在することができ、再入国手続きや年次報告が免除されたり、年金の受給が無税になったりの特典があります。
詳しくは → こちら(一時的にリンクを外しています)
ビザ(日本)
 日本へ入国するためのビザ
 フィリピンに長期滞在している日本人が、配偶者や子供と連れだって日本へ一時帰国するのに便利なビザがあります。
滞在期間が最長で90日の一次(1回限り)入国ビザを取得できます。
日本人配偶者の戸籍謄本で“結婚期間が1年以上”であることを確認できると、1年間有効の数次ビザを取得することもできます。

 申請書類は...
 ・ビザ申請書
 ・パスポート
 ・写真1枚(2×2インチ)
 ・NSO発行の申請者の出生証明書(※1)
 ・NSO発行の婚姻証明書(※2)
 ・入国理由書
 ・日本人配偶者のパスポートのコピー(※3)
 ・日本人配偶者の戸籍謄本(※4)
  ※1、2:発行から1年以内のもの
       以前に日本へ入国したことがパスポートで証明できる(“上陸許可”のシールがある)場合は省略可。
  ※3:日本人配偶者のビザが13A、PRAビザ、就労ビザ、PEZAビザ等の長期滞在ビザが条件。
     そのスタンプ、シールの貼ってあるページを含めて全ページのコピー。
  ※4:発行から3か月以内のもの
 永住ビザ  外国人が日本に住むための永住ビザについてです。
“永住者”の在留資格をもつ外国人が、再入国許可の期限内に日本へ戻らない場合、在留資格は無効となってしまいます。

 2012年7月9日の法改正により出入国カードの裏に“みなし”のスタンプが押されている場合は、1年間有効の再入国許可とになされます。この場合の再入国許可は、外国で延長はできません。期限内に日本に戻らないと在留資格が無くなってしまいます。このところ、メールでいただく問い合わせに、この例が増えています...ご注意ください。
百島巡り
 多くの島々を巡る観光のこと。
 2017年6月、家族とともにパンガシナンの国立公園、ハンドレッド・アイランズに行ってきました。
フィリピンに移住した2000年当時、最初に思いついた目標のひとつが“フィリピン百島巡り”でした。日本も6000を超える島々を擁する島国ですが、フィリピンの7107にはかないません。島国である以上、そのすべての島を制覇することも考えましたが、到底できることではありません。そこで考えたのが100島巡りでした。
 セブ、マクタン、パナイ、ボラカイ、ルソン...など7島は1年以内に踏破したのですが、続きませんでした。
先ず、ニューヨークの9.11以来、飛行機に乗るのが今まで以上に怖くなってしまいました。それに、根っからの出不精が重なり、もっぱら車で近隣を回る程度になっていました。



 ハンドレッド・アイランズは予想以上に広範囲で、もっと狭い海に小さな島々が点在しているのかと思っていました。しかし、実際には島と島の間は遠く、島によってはコテージやレストラン風の建物が建ち、かなり開発されている島もあるようでした。
 定員20人前後のボートでのアイランド・ホッピングは、所要時間が3〜4時間、2000ペソでした。ボートから島に移る際には、海水の中に脚を浸して、砂浜に昇るところがあり、穿いていたショートパンツがびしょびしょになってしまいました。子供たちは、最初から海水浴の恰好ですから、ボートから海へダイビングする有様でした。

 コテージのすぐ前は砂浜、その先は遠浅の海ですので、時間の許す限り海水浴を楽しむことができました。
今回は家族連れで泊まるローカルなコテージでしたが、もし次回があればホテルのような施設に泊まってみたいと思いました。
肥料
 植物を育成させるための栄養分で、人為的に植物等に与えられるもの。窒素、リン酸、カリは肥料の三要素、更にカルシウム、マグネシウムを加えて五要素といわれる。
 また、無機肥料と有機肥料に大分される。
 肥料について、三要素だの、五要素だの、細かいことは分かりません。我が家で行っているのは、野菜くずを土に埋め、腐敗して、土に戻るのをひたすら繰り返し、待つこと...です。
 
 密封性の高い容器...我が家ではクッキーのプラスチック容器...に、料理に使った野菜の残り、剥いた皮、種...などを入れておきます。何リットルか分かりませんが、概ねいっぱいになるには4〜5日かかります。4〜5日も野菜くずを放置しておくと、腐って悪臭を放ち出します。そこで、クッキーやビスケットが湿気ないほどの密封性のある容器に貯めておきます。
 庭に30センチ四方、深さ20センチほど...容器1杯分...の穴を掘ります。そこに野菜くずを入れ、土をかけておきます。穴の四隅に石や木の枝をさして、埋めた場所の目印を付けておきます。次回は、その隣に埋めます。

 おおよそですが、3か月で野菜くずは土に戻ります。土を掘り返して、野菜くずの上にかけた土などと混ぜると、栄養たっぷり(?)な黒々した土になります。一番最後まで残ってしまうのは、バナナの房が付いていた元の部分です。サトイモやショウガの野菜くずやアンパラヤやマンゴーの種から芽が出てくることがしばしばあります。それも楽しみのひとつです。
フィリピン・タイム
フィリピン人の時間にルーズな感覚を揶揄した言葉。マニラ・タイムともいう。
 日本がフィリピンのルーズな時間感覚を理解するのは難しい。
フィリピン人と待ち合わせの約束をしたとします。約束の時間になっても、相手は現れません。そこで携帯電話にTEXTを送ります。
 何処に居る?...と訊けば、ここ...とか、近く...とか、バス...と答えてきます。しかし、まだ自宅でシャワーをしていたり、食事をしていたり...。これを逆の立場で見ることもあります。
 家族の誰かに出かける予定があります。仮に、弟としましょう。午後1時に待ち合わせをしていると聞きました。しいかし、午後1時の今、弟はシャワーをしています。「時間だぞ、相手待たせては失礼だ!」と言うと、「大丈夫、むこうも遅れてくる!」との答えです。約束の時間って...、フィリピンでは何なのでしょうか。

 日本のTVは...、NHKの7時のニュースなどは、7時を指す時計のアップで始まります。ところがフィリピンのTV、ニュースでさえ、その予告は...“〇〇まる(番組名)の後”などといった具合で、“午後〇時から始まります”などとはいいません。前の番組が押せば、それなりの時間に始まる...というおおらかさです。秒刻みで始まるTV番組、分刻みで走る電車などは...フィリピン・タイムでは到底実現できないでしょう。
 それに慣らされてしまっている日本人にとって、フィリピン・タイムは辛いです。
フェイスブック
フェイスブック株式会社が提供するインターネット上のソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)のこと。略してFBともいう。
 時代に乗り遅れまいと始めたのは5〜6年ほど前のことでした。
余りにも複雑な使い勝手のため、ほんの入り口のところでうろうろしていました。
 しかし、どうしても馴染めないのは...写真の扱いです。
“セルフィー”とか呼ばれる“自分撮り”写真を載せるのは勝手なのですが、迂闊に写真を撮られる...、一緒に撮ろうものなら、その数分後にはインターネット上に公開されています。写真が公開されて何が困るか?...と言えば、具体的にこれこれということはありません。しかし、自分の住所や名前、電話番号、メールアドレスなどが公開されてしまったら...気持ち悪いし、不快、恐怖さえ感じます。それと同じように...不快です。今では、誰かと一緒に写真を撮るとき、「FBに載せるなよ!」と注文をつけています。
 最近では、タイムライン上で特定の人向けにメッセージを送るか、個人的な内容の場合は“友達”のメッセージ機能を使う程度になってしまいました。

 それに...、携帯電話のコンタクト、電話帳を開いたら、フェイスブックの“友達”が写真付きで出てきて...ビックリ!!
ネットの見えない場所で、何かが暗躍しているようで...恐怖感を感じました。
復活祭
十字架にかけられて死んだイエス・キリストが、3日目に復活したことを記念、記憶するキリスト教にとっては最も重要な行事。
 毎年、3月か4月ごろ(春分の日の後、最初の満月の次の日曜日)に行われ、復活祭以外にイースター、ホーリー・ウィークとも呼ばれ、復活祭の46日前の“灰の木曜日”から行事は始まります。
復活祭には、キリストの受難を体現する人々も多く、竹で背中を打ったり、磔にかけられる人もいる。

 復活祭直前の木曜日、金曜日は、学校、お役所、企業、ショッピング・モールなどが休校、休業となります。TV局も同様で、2日間放送を休止したり、キリストにまつわる映画がただただ放送されています。

 フィリピンに来た初めての2000年の復活祭、何も知らずにショッピング・モールに出かけたら...お休みでした。ジープのドライバーに営業しているモールまで来たら教えて!...と頼んで、他のモールへ向かいました。5分ほどジープに乗って、ドライバーが教えてくれたモールの前でジープを降りましたが、そこも閉まっていました。その時、『そこまでして、7ペソの運賃が欲しいか??』と思ったものでした。

 2016年の復活祭は3月27日で、その前の24日(木)、25日(金)はフィリピン中のお役所、ショッピング・モール、日本大使館もお休みになります。
物価
文字通り、物の値段。
特に、食料品や衣料品、雑貨など、日常使うもの購入価格を指す場合がおおい。
 先日、カミさんとSMのスーパーマーケットに買い物に行きました。バスケットをふたつ載せ、小さなカートで店内をフラフラ...。お米、鮭の切り身、肉、日本製のインスタント味噌汁としょう油、その他、こまごましたものを買い込んでレジの列へ...。
 レジのおねえさんが商品のバーコードを読み取らせるたびにピピ、ピピ...。そして、合計金額が出ますと、何と...2887ペソ。
カミさん持参の2枚のエコ袋に商品を詰め込み、入らない分は2つの紙袋に...、5キロ詰めの米とトイレット・ティッシュで都合6個の荷物になりました。それを駐車場まで運ぶのに大きなカートに載せました。そこで...、『あれ、これだけ?!』
 そうなのです、フィリピンにやってきた2000年当時は、1500ペソも買うとカーといっぱいになったものでした。お米や鮭、味噌汁などは金額がはりますが、それでも2887ペソも払って、カートに半分ほどです。知らず知らず...否、気付いてはいましたが...2000年当時に比べて、物価は2倍程度になっているようです。当時は1万円が3800〜4000ペソでしたから、今と然程変わりません。
 2000年当時、Jolibeenの一番安いハンバーガーセットが32ペソでした。今は、幾らぐらいするのでしょうか...70ペソ?!
2015年10月7日、SMのスーパーマーケットで庶民の魚、バゴスがキロ当たり168ペソ、テラピアが130ペソでした。2000年当時はバゴス、テラピア共に88ペソでした。当時、タラキートックがキロ220ペソであったことを憶えています。給料がどれほど上がっているか知りませんが、バゴスもテラピアも...今や、高級魚の仲間入り?!。

 数年前、隠居のホームページやBLOGから“フィリピンは物価が安い!”という言葉が消えました。例えば、日本の100円ショップで買える商品、こちらにくると88ペソです。日本で100円の商品が、230〜240円...倍以上にもなってしまいます。外で食事をする際、ちょっと気の効いたものを食べようとすると最低でも300ペソ、400ペソもしてしまいます。今、日本のファミレスでご飯を食べると幾らぐらいするのでしょう。今は、“多分、フィリピンの物価は日本より高い!!”と言えそうです。
服装
衣服とその装身具。
それらを身に着けたときの様子。
身なり。
 爺が初めてフィリピンに来た1989年3月当時は、ミニスカートやお尻だけ隠れるようなショート・パンツ姿のギャル(死語)などは皆無でした。暑い国ですので開放的な服装をしていると楽しみにして来たのですが、意外や意外、保守的だったのでガッカリしました(笑)。
 こちらに移り住んだ2000年当時でも、まだまだミニスカート、ショートパンツ姿は見かけませんでした。ここ4〜5年でしょうか、デパートの洋服売り場やブティックのショーウインドーから飛び出してきたようなファッションが、街を闊歩するようになりました。その勢いは、日曜日の教会にもおよび、たまたま行った教会ではショートパンツを穿き、ヘソを出してお坊さんの説教を聞いていました。

 暑さ凌ぎ、世間体、教会の縛りへの反抗か自己主張の強さからか...、爺の好みによる視線の先には、笑いを誘う...コスプレ、びっくり仰天...ハロウィン、目を反らしてしまう...変身ショーが、日々繰り広げられるようになりました。服装が似合っているか、どうかの判断基準は、個人の好みです。着ている本人は...“似合っている!”、“ファッショナブル!”、“格好いい!”、“セクシー!など”と思っていても、爺の目には...“似合わねえ!”、“不細工!”、“鏡、無いのか?”、“ハロウィンか?”と映ることもあります。身に着けている衣服、着ている人の体形、顔だち、年齢などを含めて、全て...個人、爺の好みですが...鏡を見たことのない人が多くなりました。
不動産
民事法の概念で、土地とその定着物、
それらに対する物権を含む場合もある。
 フィリピンでは、不動産として登記できるものは土地とコンドミニアムのふたつだけです。
日本のように、土地と家を別々に登記するのではなく、家は土地の付帯設備に過ぎません。従って、登記は土地のみです。
 更に、フィリピンでは外国人名義で土地を持つことはできません。従って、土地付き一戸建て住宅を買っても、自らの名前では登記できませんので、フィリピン人の名義を借りるか、登記のための法人を設立することになります。
 コンド、日本でいうところのマンションは、外国人が購入し、自らの名義で登記することができます。

 不動産を有しますと、毎年1月に固定資産税の支払い義務が生じます。
前年内に支払いますと、最大で20%の値引きがあります。 (09/12)
プロフェッショナル
略して“プロ”。
本来は“職業上の”で意。
その分野で生計を立てていることをいう。
語源は、“公言する、標榜する”。
“任せる”と同様、フィリピンではその道に長けた人を見つけるのが難しいです。
もちろん、医師、弁護士、会計士などの国家試験資格を有している人は別です。車の修理のプロ、建築業のプロ、床屋さんのプロ...などは、自称はプロはたくさんいるのですが、本当の“プロ”、安心して仕事を任せることができる人と出会うのは、砂漠で一粒の砂金を見つけるようです。
 
 正社員として雇うことを嫌う経営者が、5か月までの雇用契約しか結ばないことも原因のひとつになっています。
経験や専門致知識の蓄積ができませんので、本当の“プロ”が育ちません。その結果、いい加減な修理工や大工、理容師が出来上がってします。
 フィリピンでは、1食の恩義と100ペソ...1個30ペソの銃弾3個と10ペソのチップで、人殺しを請け負う人が居る...と言われています。従って、フィリピンにはプロの殺し屋が居ないと言われています(笑)。
ペンキ
ここでは、対象物を保護、美装するために、その表面に塗りつける塗料のことを指す。
 主に使うものは、住宅の外壁や屋根、天井、門扉、手作り家具を塗装する際に使っています。
大雑把に分けると、住宅の外壁などのセメント部分に塗るのはLatex、鉄製の屋根や門扉、木製の天井や家具にはEnamelになります。Latexは水性ですが、Enamelを薄めたりする時はシンナーを使います。最近では、何にでも使える塗料が出てきましたが、やや割高のようです。
 LatexとEnamelの使い分けについては最初に塗る時だけのことで、2度目以降ならセメント用のLatexのペンキを木材に塗布しても大丈夫だそうです。
 
ペンテル・ペン
 筆記具メーカーのぺんてる社が製造、販売するフェルトペン
 日本ではフェルトペンというよりも“マジック”と言った方が通りが良いと思います。
あの“マジック”とはメーカーなのでしょうか?
 フィリピンでも同じような呼び方をされるペンが、“ペンテル・ペン”です。
もし、“マジック”がメーカーの名前であれば、“ペンテル・ペン”も全く同じです。

 フェルトペンを指す“マジック”は、フィリピンでは通じない英語の単語のひとつです。
もちろん、フェルトペンも通じません。
ホスピタリティー
hospitality:もてなし、歓迎、接待、歓待、もてなしの心
 フィリピンのガイドブックを開くと必ず出てくる言葉が...ホスピタリティー。
果たして、どのような意味かと思って辞書を引いてみますと...左記ような説明がありました。しかし、フィリピンへ何度足を運んでももてなしの心に触れたことがない...とおっしゃる方も少なくないと思います。私もそのひとりです。少々臍曲がりの人に言わせれば、歓迎、歓待の裏には下心が見えて...不愉快!!と言い切ります。確かに、にこにこ笑顔の下の本心が、透けて見えることもあります。極端な例ですが、年末になるとマニラ国際空港(NAIA)では、“Mery Christmas!!”という言葉が禁句となります。笑顔で旅行客を迎える空港職員の口からでるメリー・クリスマスは歓待のあいさつではなく、空港利用客を不愉快の崖下に突き落とす「金をくれ...気持ちだけ!!」です。空港側も重々承知ですので、毎年、毎年、職員に対してお触れを出すことになります。こんな実情を知らずか、無視してか...未だに“ホット・ホスピタリティー”の文字がガイドブックにあります。

 2020年の東京オリンピックの合言葉...“おもてなし”とHospitalityの和訳の“もてなし”とは別の意味であると理解しないと、フィリピンに来て不快な思いをすることになります。
ボランタリー (voluntary)
自発的な行為
自発的な、自由意思にる
任意の、無償の
 トラフィック・エンフォーサーに捕まった時のことです。
原因は兎も角...前のバンが青(緑)信号であるにもかかわらず止まってしまいました。その交差点のすぐ手前には、もうひとつ一方通行路と交わる小さな交差点があり、前のバンが進まないので隠居の車が小さな交差点内に止まっている内に赤信号になってしまい、交差点内封鎖の違反行為で捕まってしまいました。

 その時、トラフィック・エンフォーサーが言うには、この場で違反切符を切り、運転免許証を取り上げる。後日、違反切符を持って罰金を払い、免許証を返して貰う。もうひとつの選択肢は、エンフォーサーが隠居に変わって“自発的”に罰金を支払いに行ってくれる。運転免許証は取り上げない。つまり、罰金に相当する金額をエンフォーサーに渡すと、彼が自発的な行為として支払ってくれる...というのです。そこで、「領収書はいつ貰えるか?」と尋ねると、「ない!」という返事でした。
 つまり、ボランタリーとは、違反を見逃して貰うための体のいい...賄賂、袖の下です。
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